「嘔吐フェチ」、専門的にはエメトフィリアと呼ばれる嘔吐フェチは、嘔吐する行為、嘔吐物、あるいは人が吐き気(悪心)に苦しむ姿に対して、強い性的興奮や魅力を覚えるフェチです。
一般社会では「汚いもの」「忌避すべきもの」とされる嘔吐を愛でるフェチは、排泄系フェチの中でも特に強烈な背徳感と、人間の生理的な限界に触れる深い心理的要素を持っています。
なぜ人は、本来避けるべき生理現象に惹かれるのかについて魅力を紐解いていきます。
嘔吐フェチが興奮する魅力とは?
嘔吐フェチと一口に言っても、その興味の対象は非常に細分化されています。
「誰が」「どのような状況で」「どうなるか」によって、魅力の感じ方が異なります。
嘔吐の部分的な魅力
吐き気に苦しむ段階の魅力
嘔吐に至る前の、顔色が悪くなり、脂汗をかき、口元を押さえて我慢しようとする「苦悶の表情」や「耐えている姿」に強いサディスティックな興奮、あるいは「助けてあげたい」という庇護欲を感じます。
嘔吐の瞬間の魅力
胃の内容物が食道を逆流し、口から溢れ出る瞬間に、「汚いものを出して浄化された」「すべて出してとてもスッキリした」というような一種のカタルシスを感じます。
また、嘔吐を防ぐことは難しく、身体のコントロールが完全に失われる瞬間の、生物としてありのままの姿であることに興奮します。
嘔吐後の虚脱感の魅力
全てを出し切ってぐったりとしている姿、涙目になっている弱弱しい姿に、強い愛おしさや官能性を感じます。
嘔吐の感覚的な刺激の魅力
音の刺激
胃から空気が押し出される「ゲロゲロ」という音、苦しそうな呼吸音、液体が床に落ちる音など、聴覚情報が興奮の重要なトリガーとなります。
視覚の刺激
吐瀉物の量、色、粘度、そしてそれが口や衣服を汚すといった、汚れにまみれている様子に興奮します。
これは、泥や液体で汚れることを好む、濡れフェチ、汚れフェチ(ウェット&メッシーとも呼ばれる)と重なる部分があります。
吐瀉物の臭いの刺激
一般的には不快とされる酸味のある臭いや、アルコールの混じった臭いを、強烈なフェロモンや個性として肯定的に捉える層もいます。
嘔吐シチュエーションの魅力
シチュエーションにより、一般的な嘔吐に魅力を感じないものの、特定のシーンで嘔吐をする姿に魅力を感じることがあります。
体調不良の人を看病する際に、風邪や食あたりで弱っている相手を介抱する時に嘔吐する姿に魅力を感じます。
また、限界まで食べたり飲んだりして、容量オーバーで吐くシチュエーション(腹部膨満フェチとの併発も多い)に興奮するタイプもいます。
他にも、乗り物酔いといった逃げ場のない状況で酔ってしまうシチュエーションに興奮を覚えるタイプもいます。
なぜ嘔吐フェチになるのか?
嘔吐フェチが形成される背景には、単なる「汚れへの興味」を超えた、複雑な心理メカニズムが存在します。
サディスティックな人が惹かれる魅力があるから
人間が嘔吐している瞬間は、弱弱しく、生理的に最も無防備で、無力な状態です。
反撃することも、自分を繕うこともできません。
そのような状況に、サディスティックな人は、相手が苦しみ、尊厳が崩れる姿を見ることで、「相手を完全に支配している」「美しい顔が歪むのを見たい」という加虐的な欲望が満たされます。
逆に、嘔吐し弱っている相手の背中をさすり、口元を拭い、介抱することで「自分がいなければこの人はダメだ」という強い自己効力感と歪んだ愛情(庇護欲)を満たすケースもあります。
いけないことをしている快楽・背徳感があるから
一般的に、排泄物や嘔吐物(ゲロ)は「汚い」「不衛生」といったイメージがありますが、
社会学や精神分析においても、排泄物や嘔吐物は「社会秩序から排除されるべき不浄なもの」とされます。
嘔吐フェチは、この「社会的に絶対NGとされる行為」を性的なものと考えることで、強烈な背徳感とスリルを味わいます。
「汚い」とされるものを「愛する」という行為は、常識からの逸脱であり、一種の解放感をもたらします。
身体の「内側」を見れる興奮があるから
嘔吐物は、つい数分前まで相手の「身体の一部(胃の中)」にあったものです。
嘔吐を見ることは、通常は見ることのできない「相手の内面(物理的な中身)」を見ることができる瞬間です。
相手の知らない一面を見る行為は、「相手の全てを知り尽くした」という倒錯した一体感や所有欲に繋がります。
好きな人のことは何でも知りたい、とはよく聞きますが、吐しゃ物まで見たいというのは、かなりの猛者です。
もらいゲロの魅力
人は他人が吐いているのを見ると、人のあくびがうつるように、ミラーニューロンの働きで自分も気持ち悪くなることがあります。
嘔吐フェチの場合、もらいゲロをする一体感が「快感」として捉えられることがあります。
相手の苦しみを我がことのように感じ、吐き出した瞬間のスッキリする感覚(カタルシス)を共有することで快感を得ています。
吐くことで赤ちゃん化できる魅力
赤ちゃんは吐いても親に見捨てられず、お世話されます。
自分が吐いた際に、「汚いものを出しても受け入れてもらえる」「世話をしてもらえる」という体験を通じて、赤ちゃんのようにお世話されたい願望や無償の愛を満たそうとする心理が働いている場合があります。
嘔吐フェチの2つのタイプ
嘔吐フェチとまとめて言っても、大きく2つのタイプに分けられます。
見る専
自分は吐かず、他者が吐く姿を見る、音を聞く、介抱することを好むタイプです。
サディスティックな傾向や、汚れることへの興奮(汚れフェチ)が強いです。
吐く専
自分で吐くことに快感を覚えるタイプです。
胃の不快感からの解放感や、自分の身体がコントロール不能になる感覚、あるいは他者に介抱されることに興奮するマゾヒスティックな傾向があります。
嘔吐フェチのリスクに注意
嘔吐フェチはファンタジーの中で楽しむ分には個人の自由ですが、実行為には重大な健康リスクが伴います。
頻繁な嘔吐は、胃酸による歯のエナメル質の溶解(酸蝕歯)、食道炎、食道破裂、電解質異常、栄養失調を引き起こします。
また、嘔吐に快感や常習性を見出すことは、過食嘔吐などの摂食障害の入り口になる、あるいは既に症状である可能性があります。
まとめ
嘔吐フェチは、「生理的な嫌悪感」を「性的な興奮」へと反転させる、人間の複雑な心理作用で生まれています。
嘔吐フェチには、人の醜い瞬間を受け入れる「包容力」(マゾ)と、よわよわしい姿を愛でる「加虐的な支配欲」(サド)が含まれています。
嘔吐は健康上、危険な行為であるため、その魅力は常に「死」や「崩壊」の予感と隣り合わせの、危ういバランスの上に成り立っているのです。

